猫も杓子も記事を書く

140文字ではかけないことをかこうと思います。

スカイツリーと生活

ぎっくり腰を引き起こしてからすでに一月が経ったとしていることに戦慄する。整骨院で宣告を受けて以来、週に1度のペースで通いながら骨盤矯正に励んでいる。腰の痛みは良くなり、今はそれを引き起こす病根の部分を断ち切るフェーズに入っているというところ。
そしてその改善にはガチガチに硬い股関節をなんとかする必要があるということもわかってきたのだが、実は股関節が硬いのは小学生の頃からだったので、毎日の柔軟の宿題はいつもバツ(手がつく)だった、という20年前の伏線を幸か不幸か、ここで回収してしまった。いろいろ調べたところだと股関節の改善にはとにかく時間がかかるらしく長期戦の様相を呈している。オリンピックが終わる前にはなんらかの改善が見られると良いのだが。デブなのも痔核持ちなのもみんなみんな股関節のせいだったらいいのになー。

 

これは完全に雑談なのだが、医療費にクレジットカードやキャッシュレス決済が使えないという風潮があると思っていて、ここはほんとうになんとかしてほしい。例外として自由診療があるが、生まれてこのかた自由診療を受診したのは1回ぽっきりしかない。ひどいところでは店先に某クレジットカード会社のマークを出していながら実際には全く使えないというところもあり、それって詐欺の類かなにかでは?と思ってしまった。医療現場がキャッシュレスに不寛容というのはいかんともしがたいものだ。ウェルシアで調剤薬局を受け取る時にクレジットカードで支払いができると聞いて感動したぐらいだ(しかもTポイントも貯めることができる。大して貯まらないし意欲的に貯めてもいないが)。幸い通っている整骨院はpaypay払いを許してくれる。ロンチ当初はあれほど鼻でCMを笑っていたのに今では決済ルートとしての存在感がぐんぐんと上がっているのが悔しさもある。

 

 

閑話休題

 

 

そんな中ある休日にスカイツリーのたもとまで歩いた。入谷駅から徒歩2,30分で隅田川の向こうまで歩き、遡上してまた橋を渡り南千住に戻るというルート。入谷から東側の台東区の路地裏をgoogle mapで見てみると、大きめの道路と道路の間に網目状に張り巡らされた道がとても印象的だった。下町という趣がある。

 

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生活のなかにスカイツリーがある、というのはいかほどのものか、とふと考えた。曳舟も押上もスカイツリーができるまでは単なる街であっただろうに、日本一高い電波塔とそこに付随する観光資源ができたことで、風景が変わり、人の流れが変わっただろう。スカイツリーのそばを歩きながら、それらの変化は生活を、心持ちをどう変えただろうか、ということに思いを馳せずにはいられなかった。将来リニアができたとき、橋本の人たちにも同じことを考えるはずだ。

 

自分がどこか遠くに行くと必ず探してしまうのが小学校だ。軽井沢にも箱根にも、はたまた銀座にだって、日本のどこに行ってもにもかならずあるのが小学校で、そこで生活している人たちの存在を知らせてくれる建物の一つだと思っている。観光に行くのにその土地土地の生活を考えるとはどうなのだろうと思うこともあるけれど、観光の動力はそこにいる人々の生活なのだと気づいてからはまあ良いかなと思うようになった。

vue

ずっとバックエンドの言語ばかりやってきましたが、と言ってもここ数年はRubyばかりで、他の言語に関しては完全に錆びているのですが、いよいよフロントエンド、ことにJSをまあ独力である程度読めるようにならんといけないよなあと思って、Vue.jsの本を買って読みはじめたところです。

 

Vue.js入門 基礎から実践アプリケーション開発まで

Vue.js入門 基礎から実践アプリケーション開発まで

 

ちなみにVue.jsを選んだ理由はjsフレームワークの中で最も学習コストが低いという言を見たことと、弊社のサービスサイトのフロントエンドをVue.jsにリプレースする計画が持ち上がっているからです。自分はそのチームにいませんが。

jQueryを触ったことはあるので「対象のDOMに対してapiを実行して状態を変える」というのがどういうことか、はなんとなくわかります。そもそもDOMの理解が曖昧なんですけどね。idとかclassとかって感じで。

まだ第一章だけで、本格的に書き始めるところまで達してないです。様々なオフィシャル/アンオフィシャルなライブラリを組み合わせることであらゆる規模の開発にも対応できる→プログレッシブフレームワークであるところとか、DOMとjsを直接バインディングすることで、js側でパラメータが変わったのを検知して即反映できるようにとか、特徴周りを読んでいて、へーって感じです。

というかバックエンドだけでずっとやってきた人間がフロントエンドを理解するのにどういう道標を取るべきかがわからんというのはありまして。ドットインストールとかudemyとかやったほうがいいのかな。とりあえず自分なりにやってみます。夏には書けるようになりたい。

 

未来を

いやー、驚きました。

まあ、ファンである以上、いろいろ良からぬ情報も入ってくるわけで、その真偽はどうあれ、けやかけにも出なくなっていたりするところから考えると、いずれはお知らせが出るのかなあなんて呑気に構えていましたが、全部いっぺんにでるとは思いませんでした。本当に心臓に悪いし、今は受け入れることはできたけど全然実感はないです。

 

突然ですが、ぼくは欅の中で佐藤詩織さんが一番好きです。美大に通うだけの絵や造形美のセンス・技術があって、学力ももちろん兼ねている。書道も有段者で、怪我で断念したとはいえクラシックバレエの素養があって、さらに顔もいいし、もうたくさんいいものを持ってるんですよ彼女は。なのにバラエティやラジオなどで出てくる素の彼女には厭らしさが一つもない。良くも悪くも自分のペースからブレなくて、天然で、喋りが長くて、とても柔らかい空間を作れる人です。それでいてちゃんと芯を持っている。あと笑い声もいい。

好きだったからこそ、佐藤詩織さんが留学で活動休止、というニュースが出たときは本当に驚きました。どんどんと矢継ぎ早に出た中で一番驚いた発表であり、唯一なんの前触れや兆候も無く飛び込んできたそれは卒業でなくてよかったと思う一方で、これからしばらく彼女の姿を見る事ができないという寂しさがあります。

1ファンの心理として、活動休止という状態が続いているうちは、当然なんの情報も出てこないわけですから、「本当に戻ってくるのか?」という疑心暗鬼のところから抜け出せないままずっと続いていく気がしています。一方で、そういった意味付けをすべて併せ呑んだ上で活動休止という選択をしたわけですから、思う存分後悔のないようにやりたいことをやって戻ってきてほしい、と送り出し、復帰を信じ座して待つのがファンとしてあるべき姿なのでしょう。発表があって、ブログの記事を読んだ後はこの間でずっと揺れ動いています。正直不安は否めないですが、まあ気長に帰ってくるのを待ちたいと思います。

 

そしててち。彼女・オタク・運営の望むと望まざるとに関わらず、間違いなく今の欅坂を作ったのはてちがいたからだと断言できますし、この脱退はグループ史にとって一つの転換点になると思います。他の推しメンのオタクもきっとそう言うでしょう。

テレビやライブを見ればわかるように、彼女は一切手を抜かず、命を削って歌い踊ります。その代償が度重なる怪我で、冷静に考えればこのグループに対する熱狂は彼女へのしかかる重圧や負担に向き合うべきだったのだと思いますが、それも結果論でしかありません。

最年少でセンターとして立ち続けた8作が褪せるわけではないですし、今後どうしていくかはわかりませんが、まだ18歳、欅坂で歩んできた道が少しでもてちの未来に寄与することを願ってやみません。そしていつかはてちの望む形で、沈黙を破ってくれることを祈っています。

 

卒業するオダナナ、すずもんにも同じことが言えます。終わり方は残念でしたが、メンバーとしてパフォーマンスにバラエティに奮闘してくれていたことはよく知っています。多分、特に一期生は乃木坂にあこがれて入ってきた子たちがたくさんいるわけですから(この2人に限らず)、想像していた世界やグループ像とは全く違ったと思うんですよね。それでも必死に食らいついていた姿はオタクたちの脳裏に焼き付いていると思います。だからこその労い。

 

未来があるのは残されたグループも同じです。キャプテンのゆっかーを筆頭に、これからどういう色の欅坂46になっていくのか。本当に想像もつきません。いつだってそうでしたが、片時も目の離せない存在で、救いの見えなかった自分の人生に色をつけてくれた存在。推しメンはいませんが、どういう行き先になろうとも、これから始まる景色を一緒に見届けられればと思っています。

伏線

この前スーツを買いに行った。職場はずっと私服で、スーツを着るような機会など冠婚葬祭か、深刻な障害を出した顧客に謝りに行くときか、のどちらかぐらいのものだが、今持っているスーツがずっと前に買ったもので、もう体型的に入らないことは火を見るよりも明らかだったので、直截的な言い方をすれば、次に誰かが死んだり結婚したりするときまでに今の自分の体型でも何とか着れるスーツを設えておく必要があった。

幸い(とはいえ同年代の平均よりは遥かに少ないと思われるが)あくせく働いて得た貯金も多少はあるので、その方面の知識が全くない自分でも思いつくようなところ*1ではなく、それより少しはいいところで買おうという気持ちがあり、最終的に某店のパターンオーダースーツを買おうということで落ち着いた。

当日はショーケースに所狭しとならんだ生地の中からスーツに使うものを選ぶところから始まる。接客してくれた店員さんに言われるがまま、冠婚葬祭用として着られ、かつある程度物持ちよくというぼんやりとしたリクエストにも、キビキビとお薦めしてもらった生地の中から適当に選び、その後採寸しながらベースになるジャケット・パンツを決め、細かいサイズを調整していく。

ジャケットの袖周りの採寸に入ったとき、店員さんが「左右ですこし差がありますね」と言った。見ると、左右同じ袖の長さであるにも関わらず、右手のほうが2 ~ 3センチほど短くなっている。一般的に、スーツの袖は親指の付け根が見えるぐらいが丁度いい袖の長さだそうなのだが、それよりも上が見えてしまっている状態だった。店員さんは「丁度いい袖の長さに調節するため、左右で微妙に長さを変えられますが、いかがしますか?」と聞いてきたが、まあ5センチ10センチ違うならまだしも、よほど注意してみないとわからないような細部に拘泥してもしょうがないなという気持ちもあり、そのままにしておいた。その時は体型的な問題なのかなーぐらいにしか捉えていなかった、と思う。

 

数日後、会社でダンボールに入った書籍の運搬をしていたときのことだ。腰をかがめてダンボールを持ちあげようとしたその時、背中を稲妻にでも打たれたかのような激烈な痛みが襲った。職場だったので「ギャン!」と怯えた犬が吠えるような声を一度上げるだけで留まったが、家だったら人生で今までにないほど叫び、床をもんどり打っていたかもしれないと思うような痛みだった。

取り敢えず湿布だけ貼って急場をしのぎ、次の日仕事が始まる前に整骨院に行って見てもらうことにした。症状的にぎっくり腰のような気がするなあと思ってはいたが、自分の身体を見てくださった先生は開口一番「ぎっくり腰ですね」と言った。こんなに当たって嬉しくない予想はソフトバンクホークスの優勝予想かぎっくり腰ぐらいのものだろう。

様々身体を見てもらい、姿勢の写真も撮ってもらったが、なんと骨盤が歪んでいるあまり、肩の高さや腰の高さが脊椎を挟んで左右で微妙に違うということがわかった。日頃からの癖や脳に刷り込まれた動きがその左右差を生み、結果として歪みになり、ストレスを与えていたということだった。

マッサージや電気鍼などを受けながら考えていたことは、先日のスーツの一件だった。袖周りの左右差はなんのことはない、骨盤が歪んでいることによる左右の差によるものだったのだ。まさかあれが伏線で、それも張られてすぐに活きてくる(全く活きていない)とは思いもしなかったが、ともあれとても不思議な体験だった。とりあえず数ヶ月かけて骨盤を直します。

*1:○山、A○KI、スー○カン○ニーなど・・・

稜線と親戚づきあい

親戚の新年会に出た。毎年この時期に親戚が都内の飲食店に集まってそこそこいい飯を食べるという行事である。流石にもうお年玉をもらうような年でもないが、まああげるような子もいないので、気が楽ではある。

去年自分で歩くこともできなかった姪っ子も今や親の手を離れて店内を走り回っている。ただかなりシャイなようで(十数人の「大人」が一堂に会するというのもなかなかない)、彼女の両親のもとに走っていっては別の大人のもとに向かってしまい硬直するという可愛い振る舞いを何度も見た。自分は+-2,3歳ぐらいの間に従兄弟が4,5人いたので彼ら彼女らと一緒に遊ぶという意味でこういう集まりが楽しく居られたけど、果たして彼女はどうなんだろうかと一抹の心配をおぼえる。

 

その後泊まりの出張に行くという偽装をして鈍行旅行で松本へ向かう。途中ちょろっと課金しつつ4時間ほどかけてなんとかたどり着いたときにはもうとっぷりと日が暮れていた。今回の移動を踏まえて、青春18きっぷのキーポイントは「ショートカットの費用対効果を追求する」ことだという点に落ち着いた。

例えば高尾駅ではそこから大月駅方面へ向かう電車との接続に30分以上待たされることがある。これで乗れる電車が大月行だと終点で更にその先への乗り継ぎが発生し・・・という乗り継ぎの連鎖で所要時間が長くなってしまう*1。これを八王子で特急に乗りかえ、甲府小淵沢などからの始発電車、ないしは先行して走っていて追い抜いた各駅停車に乗り継ぐことで、ずっと鈍行で進むよりも早くに到達することが可能になる。単に特急課金を利用するなら乗り継ぎコスト・課金費用の最小化と、乗り継ぎパフォーマンスの最大化の両方を狙っていきましょうよ、ということだ。

 

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大月から先の中央本線に乗るのは初めてだったが、わかったのは先人がいかに無茶をして中央本線中央東線)を開業にこぎ着けたかということだった。富士山麓やアルプスの麓を掠めるように蛇行しながら山梨市、甲府市諏訪市などの山梨の各都市を結び、篠ノ井線を経て松本に向かう。首都圏に住んでいるような人間から言わせれば、走行する地域は大部分が山岳地帯であり、大部分が田舎なのだ。去年の台風で一部区間が土砂崩れで不通になったことがあったが、それも宜なるかなと思わせるような路線だった。もっと幹線にふさわしいどっしりした路線を期待していたので両方の意味で裏切られた。こういう交通が形成できるのは鉄道の強いところだなと思ったし、そりゃ高速ができたら競争になるわなというところだった。

 

流石に松本市の夜は東京よりも寒く、明日見る予定で考えていたものを夜出歩いてまで見たいものもなかったのでラーメンを食べてホテルにチェックインした。木のぬくもりを感じるいい部屋だった。昨今のホテルには珍しく大浴場がついていたので心置きなくお湯を頂いた。

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明日は規制Uターンの波に乗るので少々陰鬱だが、めげずに頑張ろうと思う。

*1:東海道本線の静岡地区でも同じことが言える

ルノアールのタマゴサンド

だらっとしながら起きたら7時半だった。箱根駅伝が今日からだということを思い出し、まだ間に合う時間に起きれたのがなんやかんやで嬉しい。正月休みに普段どおりの生活リズムを保てるかどうかというのはできる大人の分水嶺の一つだと思っている。が、自分ができる大人だという自覚がないので深くは触れないでおく。

 

そのままダラダラと布団の中から箱根駅伝を見る。3区の相澤くんと伊藤くんの鍔迫り合いなど見どころがあったが最後は青山学院大が持っていった。強いな。2区の岸本くん、3区の鈴木くん、4区の吉田くんともう500点みたいな好走でつないでその貯金を保ちつつ逃げ切るという最高の形だった。というか往路新記録が5分以上縮まっているという時点でこれ以上ないエグさ。復路は大して見れないが、2分以内ならもう一波乱ありそうな気がする。というかあってほしい。箱根駅伝判官贔屓マンの私としては帝京や國學院あたりがかき回してくれると面白いのだがはてさて。

 

箱根駅伝を見届けて外出。新宿バルト9に寄ってチケットを発券しつつ、メガネを買いたかったのだがとてもモチベーションが低下していることに気づく。もう新しいメガネを買いたいと考え始めてから数ヶ月が経過している。メガネを買い替えるのは勇気と度胸と時間とやる気がいるのだ。今はその何者も存在しないことがわかったのでおとなしく映画開演まで時間つぶしになるところを探す。ちょうどルノアールがあったのでそこで時間を潰した。

 

ルノアールタブレットに保存した技術書を読み漁るぞーと思ったのだがあまりに実践的過ぎて実際にPCを叩きながらじゃないと身に入らない。という言い訳にして漫画や小説ばかり読む。ついでにたまごとチキンが入ったサンドイッチ。正月休みだからか店内は空いていてひと目を気にすることなく、またお店もバルト9に近かったので助かった。今後も同じようなことがあったら贔屓にするかもしれない。

 

見た映画。

www.baystars.co.jp

 

映画はとてもよかった。それぞれが筒香がいなくなることを覚悟した各選手たちの心の機微が伝わってきたような気がする。と同時に、来年から海外へ旅立つ男が築き上げてきたものはあまりにも大きいということも切々と思い知らされた。「穴を埋める」ということを考えるよりも「代わりに山を作る」ことを考えるほうがいいのではないか?と思うほどに。

このチームにこれだけチームのために頑張れる選手がいた事、そのスピリッツは継承されていくと信じている。結果を知っているだけに結末は見るのが少し辛かったが、今季はこの結末が少しでも良い方向に導いてくれることを祈る。

 

賀正

新しい年が始まった。

 

2020年ということはもうじき自分の十の位も一つ繰り上がるときが目前であるということでもあります。私事ですが。とはいえ今回に関しては今まで以上に新年という実感がないままで、おげんさんのライブBDを見ていたら日付が変わっていました。何ら心の動きのないままに年が変わったという感覚があります。

2019年、一昨年も含めて、「経験でしか物差しを得られない」愚者のタイプの人間だということがはっきりわかったので、いろいろ気になることに手を出していきたいと思います。

 

いつからか、その年の目標をたてるのをやめました。目標に行動が縛られているような窮屈さを感じたからで、とはいえ欲まみれの人間がそうでもしないと自律的に生きれないだろ、というのはまあ事実で、それでも徹しているのはどうせそんな高尚な人間じゃないしな、立てたところで何もならんしなという諦めに似たなにかからです。どっちみち運と親の太さだけでここまで生きてこれた人間です。どうしようもない。

ただ今年は少しでも身体を絞れればいいなと思ってはいて、お医者さんにも怒られたのでいろいろと考えています。一番のハードルは続かないこと、人目を気にすることです。そこをなんとか結果を出せれば少しは自分を褒められるかなと思う(©岩崎恭子)ので頑張りたいと思います。