猫も杓子も記事を書く

140文字ではかけないことをかこうと思います。

「ぼっち」がもたらす歪みと愉悦

はじめに

この記事はチラシの裏 Advent Calendar 2017の15日目の記事です。なんとなくふらふらしてる自分にぴったりのテーマだったので、参加しました。あとは勢いです。

 

adventar.org

 

自己紹介

初めましての方もいると思うのでイントロデュースマイセルフをしようと思ったのですが、まあTwitterを見てもらったほうがよく分かるのではないかと思ったのでそっちを貼ることにしました。声優とか音楽とかゲームとか野球を見るのとか、最近はアイドル見たりするのとかが好きな人です。インドアなのかアウトドアなのか。ちなみに壊滅的社交性と壊滅的コミュ力故、大学を<※禁則事項です>回留年していて、今は奇跡的に社会人をやれています。

 

twitter.com

今回はそんな社交性についての話。

 

 

上述したように、自分には少なからず趣味があって、家に帰ったら好きなアーティストのライブ映像を見たり、或いは今年話題のswitchを引っ張り出してゲームをしたりしています。1人で。ひとりで。

親の影響といえばB'z好きになったことぐらいですが、父親はファンクラブの会員番号が4桁であるというところからも分かるくらいの古参ファンで、それを受け継ぐような形で自分もファンになりましたが、ここ数年のあいだに当の父親はファンクラブを休眠していて、もはや勝手に脱会させられていてもおかしくないレベルです。ライブに行くのも自分だけになりました。

一方で、救いのない声優クラスタでもあるのですが、そもそもの入りは友人に勧めて貰ったというところがあります。しかし、そのうち声優楽曲に真剣派閥へと突き進み、アニメやラジオの方にはほとんど触れなくなってしまい、自分と話の合う知り合いは1人もいなくなりました。嫌いになったというわけではないんですけどね。

野球を見るのも好きです。やるのは好きじゃないけど。主にプロ野球を見て、そのうちのとある球団に並々ならぬ肩入れをしているのですが、これも小学校の時、自分の周囲のクラスメートが端から端まで野球好きで、休み時間の話題についていけないままクラス内カーストの底辺に落伍することを恐れて見始めたのがきっかけです。が、今自分の周りで同じように野球を見てる人はいなくなってしまいました。球場にも1人で行くし。

 

こういう生活を続けていて気づいたことなんですけど、だんだん自分の感性を頼りに生きていくようになるんですよね。新しいアーティストに触れるようになるのも、イベントに参加するのも、そういう情報を収集するのも、すべて自分の手によるところが大きくなります。それができるようになったのはやはりtwitterみたいなネットの力がでかいと思います。今や手のひらの上でいろいろできる時代ですから。

同時に1人で何かやることに対して抵抗がなくなります。映画、カラオケ、焼肉、居酒屋、旅行などなど、これ全部1人でできるようになったことです。最初は当然抵抗はあるんですけど、だんだん「好き」のほうが勝るようになって、どうでもよくなる。まあ楽しいんですよね、1人でなんかやるの。周りと協調する必要ないし、気分次第で突発的に行動できるし、なんでも自分の自由と責任のもとにできるし。あと数年拗らせれば某夢のテーマパークに単身で乗り込むのも夢ではないかなと思っています。まだここには抵抗がある。あの空間は眩しすぎる。まあそれ以前にそこまでそそられないというのもありますけど。

もちろん失うものもたくさんあります。交友関係は大きく狭まりましたし、恋愛観もかなり希薄になりました。妙に財布は軽くなるし、未来は見えないままだし。まあでも、今が楽しけりゃそれでいいやーっつって刹那的に享楽的に生きてるような人間なので、まあいいや、みたいなね。

 

まあ本当にチラシの裏みたいな内容になってしまいました。孤独はSNSとかで容易に紛らわすことのできる時代になり、1人でできることは増えたかなと感じます。だからこそ自分を変に塞がないこと、追い込まないことが大事です。生きる糧をうまく使いながら、強く生きましょう。おわり。